TV台本との違い≪字幕版と吹替え版≫

「ウチのカミさんがねー」と、ヨレヨレのコートを着た風采のあがらない中年男がつぶやく。ちょっと古いが、ご存知、テレビ『刑事コロンボ』の名台詞だ。

原文は“My wife”か“My old-woman”かはたまた名前で呼んでいるのか分からない。吹替え番組だから、もとの英語が聞こえないからだ。

 
日本は面白い国で、テレビの洋画は圧倒的に吹替え版だが、劇場映画は99%が字幕スーパーになっている。ちなみに、ドイツでは映画館でもほとんどが吹替えでフランスでも大抵は吹替え版か吹替えと字幕版の並映である。

 
公用語が四つもあるベルギーでは、日常的にはフランス語とフラマン語という、

まったく異なる二つの言語が使われていて(!!)、

アメリカ映画にはこの二つの言語の字幕が同時に画面に現れる。

今回はこの吹替え版てやつを少し見てみよう。
『刑事コロンボ』の「ウチのカミさんがね」が、

流行語にまでなった名訳をされたのは額田やえ子さん。

小柄で気さくで、ほんとにそこらのカミさんみたいな(?)人。

 
大体コロンボは小池朝雄のしゃべり口の名調子で人気者になったのだが、そのもとはといえば、

やはり日本語台本のうまさで、翻訳者・額田さんの面目躍如というところだ。

 
吹替え版は俳優がしゃべる台詞が観客に聞こえない。

声優さんが日本訳台本を俳優の口パクに合わせて、しゃべるのだが、

最近はテレビに二か国語放送なんてのがあって、これを同時に聞くと、

甘いセクシーな金髪女優の声が、女子高生的キンキン声になってたりしてガックリすることがある。

 
最近はスターによって日本の声の出演者も固定されたりしていて

ナマの声より吹替えの声の方がシックリくる、なんてケースも出てきたけど。

 

本文は菊地浩司が20数年前に「プレイコミック」という漫画雑誌に映画翻訳家の舞台裏をコラムとして掲載していた時のものです。本文に一部適切ではない表現がございますことをご了承ください。

翻訳家列伝≪スーパーマン列伝≫

『クロコダイル・ダンディ』や、『ラスト・エンペラー』そしてウッディ・アレンの映画はこの人でないとダメといわれる翻訳者が進藤光太氏。小生が子供の頃、TVで『名犬ラッシー』なんてのを胸ワクワクで見ていたが、その頃、確かに“吹き替え翻訳・進藤光太”と出ていたっけ。

 
聞けば『スーパーマン』も『サンセット77』も『ベン・ケーシー』も、

みんな進藤さんの担当だったとか。懐かしいやら、すごいやら。

  
でも昔はテレビの翻訳料は、映画字幕の翻訳料より、ずっと安かったそうだ。
当時、大卒の初任給が一万五千円くらい。テレビの翻訳料は30分番組で五千円。

それに対し、映画一本分は六万円くらいというからサラリーマン一年生の四、五倍はもらっていたことになる。

 
フランス映画『天井桟敷の人々』で、フランス庶民のタバコ“ゴロワーズ”を“ゴールデン・バット”と訳したのが、稀代の名翻訳家、秘田余四朗氏。この人、いつも待ち合いに女をはべらせ、酒を飲みながら翻訳していたという。ヨダレの出そうな話だなぁ。今は大卒の初任給の方がずっとイイ(!?)

   
さて、そんなスーパーマンたちの集団「映画翻訳家協会」のメンバーは総勢15人。

一年間にかかる外国映画の数が昨年で約五百本。今年は六百本になるのではとの予想で、

五、六年前のポルノを入れても二~三百本の頃とくらべると、数字の上では映画は大繁盛だ。
しかし、本当は大半がビデオを売るため、劇場にかけてハクを付けてやろうという動機不純なもの。
今や映画館はビデオ販売の宣伝道具に堕落しようとしている。映画ファンとしてはさみしいね。
とはいっても、ビデオで毎月発売される洋画は二、三百本。年間三千本あるわけで、

大半は字幕入りだから、スーパーマンにとっては“ビデオは神様です”。

  
当然、15人では足りず、最近では新人翻訳者が雨後のタケノコの如く成長している。

それはそれでやむをい得ないとしても、誤訳、誤字、脱字は当たり前、字幕知らずの

字幕作りが横行してるなんて悪い噂も入ってきた。

  
お説教をするつもりはないけれど、ただ好きだから、英語が得意だからではやはり長続きしない。

てっとり早くという気持ちもわかるが、やっつけ仕事では何より“信用”を得られない。

やっぱりジックリ下積みから叩きあげていく努力が大切だ。

   

 

本文は菊地浩司が20数年前に「プレイコミック」という漫画雑誌に映画翻訳家の舞台裏をコラムとして掲載していた時のものです。本文に一部適切ではない表現がございますことをご了承ください。

翻訳家列伝≪大活躍!スーパーウーマン≫

確かに近年、ビデオソフトの普及で、字幕翻訳の需要はグンと高まっている。

ほんの5,6年前の劇場映画オンリーの時代とは大きく変わった。

でも、単なるあこがれだけではハッキリいってダメなんだな。

現実はどんなものか、ちょっと見てみよう。

  
今、一番活躍してる、文字通りの“スーパーウーマン”は戸田奈津子さん。

『インディー・ジョーンズ』シリーズや“007”もの、今から話題を呼んでいる

『バットマン』など、銀座や新宿、渋谷のでかいロードショー館の映画の翻訳は、

ほとんど彼女が手がけている。

  

変人ロバート・デ・ニーロや名優ダスティン・ホフマンとTVには出るし、

メル・ギブソンやシュワルツェネッガーと「笑っていいとも」には出るし、

まさに向かうところ敵なし、八面六ピの大活躍!では、このスーパーウーマンのプロフィールは・・・?  

  

戸田さんは英語の名門・津田塾大英文科卒。

映画が大好きで、一度はOL体験もしたが、すぐに映画を恋人と決めた。
といって、すぐ翻訳家になれたのではない。まず最初は洋画会社の宣伝部に渡りをつけ、

英文パンフの翻訳をしたり、外国のスターや監督が来日すると通訳やアテンダント(付添い)

を買って出たりし・・・。初めて字幕の仕事をもらうまで、十年以上の下積みをされている。

   
そのきっかけは、フランシス・コッポラ監督の通訳をしていて、

「字幕翻訳をやりたい」といったら「よっしゃ、ほんならオレの新作をやってみい」(?)

ということになり、M・ブランド主演の超大作『地獄の黙示録』で華々しくデビューした。

(デビュー作がお尻から水をピューッと出すポルノだった当スーパーマンとはエライ違いだね)

  

  

本文は菊地浩司が20数年前に「プレイコミック」という漫画雑誌に映画翻訳家の舞台裏をコラムとして掲載していた時のものです。本文に一部適切ではない表現がございますことをご了承ください。

マーケットの仕入れ人≪映画のマーケット≫

映画を観て興行主たちが「うーん、これはいい、儲かるゾ」と唸ってくれればいいが、逆に「つまらないなあ」「いらないよ」となると、エライことになる。
いらないよ、なんていわれても買った映画はもう返せない。

“不良在庫”をかかえることになる。映画館で映画が上映されるのは当たり前だが、そこに到るまでにはこのような苦労があるのだ。

    
で、上映する映画館が決まるとそれから宣伝。大金払って買った映画だ。

最低でも元を取るため、宣伝に時間をかけ、ジックリ勝負—なんてことやってると、どうしても産地直送より、公開まで時間がかかってしまう。

お分かりいただけましたか?

    
きたる10月20日から今度はイタリアのミラノで大きな映画のマーケットが開かれる。

ミラノにはトップレスの美女もいなければ、赤いジュウタンのメイン会場もない。

もっぱら商売専門で、パンフレットとビデオで映画を観て、あとはお値段の交渉ばかり。

     
何とも味気ない所らしいが、それでも日本からは大勢のバイヤーがドドッとくり出していく。

おかげでホテルも普段は安いくせに一泊3~4万仕儀となる。にもかかわらず、

当スーパーマンも映画見たさと本場のスパゲッティにつられてでかけることにした。

      
ホーガンとはおととしヒューストンのTVコンペで会った。愛嬌ある、人のいいオッサンだ。

一緒に写真を撮るコーナーがあったが、巨人とじゃ・・・と遠慮したが、来年に来日する予定だし、

その時はぜひ記念写真を撮ろう。

   

本文は菊地浩司が20数年前に「プレイコミック」という漫画雑誌に映画翻訳家の舞台裏をコラムとして掲載していた時のものです。本文に一部適切ではない表現がございますことをご了承ください。

マーケットの仕入れ人≪カンヌ映画祭にて≫

紺碧の海にサンサンと輝く太陽。浜辺にはトップレスの美女たち。

洋上のヨットではスターたちを交えた大パーティー。

そんなゴージャスなムードの中で、映画の売り買い商売が行われている。

 
街中の何十軒とある映画館では買い主たちが自分の作った映画を上映し、

バイヤー(買い手)たちは山ほどのパンフレットを持ち、新鮮でうまい魚、

じゃない、映画はないかと見て回る。

実は冒頭でのべたホーガンの映画はスーパーマンが見つけてきた作品だ

(面白いゾ!と今から宣伝しとこう)。

 
もちろん、商売だけではない。

ちゃんとしたコンペティションがあって、グランプリの受賞などもある。
コンペ参加作の上映は海辺のメイン・ホールにて。

夜の上映の時は、男性は全員タキシード着用。

スーパーマンも慣れないタキシードに蝶ネクタイなどしめ、

真っ赤なジュウタンを敷いた階段をカメラのフラッシュを浴びながら上がっていった

(もっとも、カメラはおのぼりさん観光客がやたらパチパチ写してただけ)。
  

さて、こんな所で買ってきた映画はフィルムをそのまま手に下げて日本に持ち帰るわけではない。
商談だけをまずまとめて、あとは日本へ戻ってから、いろいろと手続きをする。

やがてフィルムが送られてくる。

通関をし、字幕を入れ、それから興行主(映画館のオーナーたち)に見せる。ここがポイントだ。

   

本文は菊地浩司が20数年前に「プレイコミック」という漫画雑誌に映画翻訳家の舞台裏をコラムとして掲載していた時のものです。本文に一部適切ではない表現がございますことをご了承ください。