ホワイトハウス・ダウン –アウトの効用–

アメリカの権力の象徴ホワイトハウスが崩壊の危機に面する。名優ジェイミー・フォックスがオバマ大統領そっくりの大統領を演じ、今まさに旬のチャニング・テイタムが勇敢にも崩壊の危機に瀕したホワイトハウスと大統領を救う。

  

映画「ホワイトハウスダウン」は政治劇ではなくアクション・スペクタクルである。アクションというのは通常ドンパチ・ボコンバコンで、あまり多くのセリフを喋らないものだが、この映画、全尺131分の長目の映画だが、それにしても字幕枚数2076枚。普通の映画の1.5倍ぐらいセリフの数が多い。

  

映画の最初から終わりまでセリフの途切れる時がない。このセリフをすべて字幕で見せるとなると、画面を見てるヒマがない。

  

そこで字幕翻訳者が考えるのが、アウトという手段である。セリフが聞こえていても、OUTと表記して字幕にしない。そこは原音のセリフを聞きながら、目は画面に集中してもらう。

  

    

画面にはいろいろなトリックがある。この映画では、ホワイトハウスを占拠したワルの親玉ウォーカーがテレビのニュースを聞きながら、ポケベルに送られてきた数字を書き写すシーンがある。バックでニュースキャスターが早口で国家の一大事を語っている。これをすべて字幕にすると、観客はポケベルの数字を見忘れて字幕を読んでしまう。

  

実はこのポケベルの数字がキーなのだ。さて字幕をOUTにするか。できなかった。キャスターのセリフにも意味があった。そこで何をしたか。セリフの長さを半分にした。字幕の位置をポケベルにかぶらないよう左右に移した。苦肉の策である。

   

でも実は映画のあちこち、もういいいやと思うセリフはバサバサとアウトにした。映画会社制作部の小沢女史の英断による。最近の映画はセリフが多い。にもかかわらず字幕翻訳者がアウトにすると、おい、コラと怒られそうな気がする。でもここは勇気をふるって、バッサバッサとセリフはアウトにするがいい。アウトこそは字幕翻訳者、まさに腕の見せ所である。

 

 『ホワイトハウス・ダウン』

配給:ソニー・ピクチャーズ 公式サイト

8月16日(金)丸の内ルーブルほか全国公開

フライト

© 2012 Paramount Pictures.All Rights

“業(ごう)”という言葉がある。よく「あの人は業が深い」など言われる。デンゼル・ワシントン演じる、この「フライト」の主人公ウィップ・ウィトカーを見てこの言葉を思い出した。

  
彼は自信家である。人種差別のひどかったアメリカ軍において、父親は第2次世界大戦初の黒人戦闘部隊、第332戦闘航空郡のパイロットだった。その父から操縦を教わった。やがて彼はパイロットとなり、その腕は他に追随する者はいなかった。だが彼は酒に溺れてた。妻と息子は彼を見捨て、心の闇を酒とドラッグで紛らわせていた。

  
彼は飛行中、突然操縦不能になった旅客機を奇跡的に緊急着陸させた。彼は全米の英雄となった。その彼にアル中疑惑が起こった。あの事故のとき飲酒をしてたのではないか。そして真偽を確かめる公聴会が開かれる。
   

「業」とは過去に成したことの結果だという。彼は自信家であるがゆえに、自分の心の闇を正直に話せない。だが“業”はめぐる。やがて彼はその事実に気づいていく。

  
そんなことを思いながら、僕はこの翻訳を終えた。

  

『フライト』

配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン 公式サイト
3月1日(金)丸の内ピカデリーほか全国ロードショー!

人生の特等席

Ⓒ2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 

2009年公開の「グラントリノ」を撮り終えたあと、

イーストウッドは俳優引退宣言をした。

   

そのイーストウッドが82歳の今、

新作「人生の特等席」で主演を演じた。

なんとも胸が熱くなる。

その翻訳の仕事がワーナー映画から回ってきた。

    

制作担当の松崎さんが、人生の終焉を迎えつつあるイーストウッドの映画なら、もう還暦もかなり超えた菊地浩司にピッタリだろう(笑)と仕事を回したのだ。

     
昨年僕はブラッド・ピット主演の「マネーボール」を翻訳した。アメリカ・メジャーリーグのGMがセイバーメトリクスという近代的統計学的手法を用いて選手をスカウトするというストーリー。

  

そして今回の「人生の特等席」は、長年の自分の経験と勘を信じる定年間近なスカウトマンの話。

  

まるで真逆。

どっちの言い分にも惹かれるものがある。

 

  

さらに面白いのは「マネーボール」は昨年の東京国際映画祭のクロージング作品に選ばれ、

今年は「人生の特等席」が選ばれた。

 

小生2年連続クロージング作品に字幕を付けた。光栄である。

    
イーストウッドの作品は何本か翻訳してる。

特に印象深いのは1993年公開の「ザ・シークレットサービス」。

まだ現役バリバリ60代のイーストウッドはカッコよかったな。

小生もまだ60代、ちょっとあちこちパリパリ痛んできたが、イーストウッド張りに頑張るか。

 

 

『人生の特等席』公式サイト
配給:ワーナー・ブラザース映画
11月23日(金)全国ロードショー

TV台本との違い≪グーニーズの吹替え≫

当スーパーマン、先日スピルバーグ監督の『グーニーズ』の

吹替え翻訳をやってみた。
ごらんになった方も多かろうがこの映画、ガキどもが何人も出てきて

ペチャクチャピーピーギャーギャーとうるさいうるさい。
次から次へと折り重なって四人も五人も同時にペチャクチャやって、

それを全部一人一人の口に合わせて訳していくんだゾ!

もう途中で頭が痛くなってきた(字幕ならとばせるのに!)
原稿枚数は普通の字幕翻訳の五倍はあった。

これでギャラは字幕版より安いんだもんな~。
録音の時、スタジオに行くと声優たちがスーパーマンの訳した台詞を一生懸命画面にあわせてしゃべってた。

子役たちも早口のところなんか、みんな必死。普通、一本の映画の録音は一日ですむが、これは三日もかかった。子供たちもがんばってくれた(今、ビデオが出てるので見てください)。
吹替えの是非はともかく、もとの映画とイメージが変わることが多い。これは声の違いが最大の要因。

日本人と西洋人は声の質が違う。男性はまだしも、日本女性の声は全体にトーンが高い。
あとは時間と予算の問題。予算が少ないから、あまりケイコに時間がかけられない。

役のツッコミも甘くなる。配役――つまり、声優さんもドジの少ない無難な人が優先となる。

質より、うまくこなす人の方が大切なわけだが、それってちょっと問題あるよね。

 

本文は菊地浩司が20数年前に「プレイコミック」という漫画雑誌に映画翻訳家の舞台裏をコラムとして掲載していた時のものです。本文に一部適切ではない表現がございますことをご了承ください。

TV台本との違い≪字幕版との大いなる差≫

翻訳者にとって、吹替えの一番の魅力は、

もとの台詞が見る側に聞こえないってことだ。
だから何を、どう日本語でしゃべらせてもかまわない、直訳しようが意訳しようが、誤訳しようがどうせわかンないンだから知ったこっちゃねえやー。

 

なーんてことはないが、とにかく字幕とくらべて制限が大幅に緩和されているのがいい。制限あるとすれば、俳優の口パクに声優の台詞を何とか合わせてやることぐらいだ。

  
まず字幕の制限がない。

一行10文字、計二行の世界でヒーヒーいってる身からすれば、

これはもう天国快楽といわずしてなんといおう。
やれ常用漢字だ、いや当用漢字だと文字使いで頭を悩ますこともない。

実にノビノビ、自由ホンポーに仕事ができる。

  
テレビの翻訳料は字幕スーパーのそれより実は多少安いのだが、

それを除けば、これはなかなか楽しい仕事なのだ。

  

だが、欠点もある。

吹替え版てやつはいっさいがっさい、画面に流れている台詞・発声は、

すべて日本語に直さないといけない。二人同時にしゃべってれば二人の台詞を、

そのバックにラジオかテレビのアナウンスが流れていればそれも訳し、

声優さんに話してもらう。ここは関係ないからいいやーではすまされぬ。

これが大変な作業になる。

 

  

本文は菊地浩司が20数年前に「プレイコミック」という漫画雑誌に映画翻訳家の舞台裏をコラムとして掲載していた時のものです。本文に一部適切ではない表現がございますことをご了承ください。